the ruins of a castle


 カラミティの名を欲しいままに荒稼ぎをして、カフェでの休息を楽しんでいた彼女ジェーンの元に、有能な執事が小包を持ってきた。
「何なの?」
「旦那様からでございます。」
「パパ?」
 両手で持ってまだ余る大きさのそれは、幅が薄い割りに重い。渡り鳥の仕事中には連絡を取ることなど無いのにとジェーンは首を傾げた。
「ご覧になってはいかがですか?」
 マクダレンは、そう言うとペーパーナイフを懐から取り出した。「そうするわ。」
 ジェーンは、縛ってある紐をそれで断つと、油紙に包んであるものを取り出す。真ん中にガラスがはめこんである少し厚い板。
そんな印象を受けた。細かい格子の鉄板が貼り巡らせてあるものの中心、ガラスの下に小さなボタンがある。

Please push against me.

「なんだか、嫌な予感がするわね。マクダレン。」
「はい、お嬢様。」
「でも、押さないと進展はないわよね。」
「はい、お嬢様。」
 マクダレンに即されるように、ボタンを押すとコートセイムにいるはずの父ニコラ・マックスウエルの姿が映し出された。
「パパ!?」
「旦那様!?」
 沈着冷静を旨とする執事も流石に驚きの声を上げた。
「何これ!?どうしてパパが…!?」
 ニコラは、椅子に腰掛けて手には紙を持っている。緊張しているのか、笑顔の端が引きつっていた。写真なのかと思った二人だったが、それは急に右を向く。
『え?何だってもう写ってる?』
「声も聞こえるなんて?パパ!パパ!」
 しかし、彼女の呼びかけにニコラは反応を示さない。
「こちらの声は聞こえないようですね。」
 マクダレンも首を捻った。
『それで?これを読み上げればいいんだね。え…と、我が愛しい娘ケイトリンって、うちの娘はジェーンだよ。間違い?わかった直しておくよ。ジェーン、これを見て驚いていることだろうと思う。しかし、これは録画したもので、受け答えは出来ない。』
「そうなの?パパ?」
『だから、答えられないと言ってるじゃないか…。ってなんだこれは…。…とにかく続けて読むよ。お前の父親は預かっている。返して欲しければ、至急アーデルハイド公国秘密基地に集合しろ…って!?おい!エマ!これは脅迫…』

ブッツンと切れた板は何も映し出しはしなかった。 (なおこれは自動的に消滅する)…と言ったかどうかはわからないが、ジェーンはその機械をポンと空にほおり投げた。
ジェーンは、可愛らしい顔を不敵な笑みで彩って腰に手を当てる。
 片目だけを細める。不快なというより何処か楽しげな表情にマクダレンも口角を僅かに上げた。
「やられたわね。マクダレン。」
「はい、お嬢様。」
「行くわよ。」
 そうして、くるりと踵を返す。有能な執事はその後を付き従った。



 もう一方、静かなる街セント・セントールに少女の悲鳴が響く。
そして、奴はそれを聞き逃がさない。
昔の忍者は地面に落ちた針の音を聞き分けたと言うが、奴の耳は彼女の声以外は聞き分けない。(自慢か?)
うっかりと遠方で、彼女=アウラ嬢に、お手製の花飾りを造っていたゼットは(マリエルの講師付)少女の危機を嗅ぎつけた。
「どうしたんですか?ゼットさん?」
マリエルは不思議そうな顔でゼットを見る。さっきまで、必死で花と格闘していた彼が急に立ち上がって準備体操をしだしたからだ。
「もう少しで出来上がりですよ?。最後まで頑張りましょう。」
どうやら、彼女はゼットが飽きてきたと思ったらしい。
「俺様はいかねばならない。」
ラジオ体操を第二まで終えて、ゼットはジョギング体制に入る。
「アウラちゃんが、俺様に助けを呼んでいる!」
「電波…届きました?」
天然少女のマリエルは、微笑みながらそう問い掛ける。
長い年月を生きるエルゥ族。少々の事では驚きもしない。
しかし彼女の年齢から考えると、おばあちゃんが何でも「はいはい」と答えるのと同じだと言う者もいるだろう。
「俺様に届いたのは電波ではない。」
ゼットはそう言うと右手を左胸に当てて空を仰ぐ。
「愛だ。」
 マリエルは、すっと立ち上がり拍手を送った。いわゆるスタンディンぐオベーション。そしてゼットを見つめ、親指を立てる。
「グッジョブ!」
 ゼットも、キラリと歯(たぶん歯茎は輝かないはず)を光らせると、同じように親指を立てる。
「ナイスアシスト!」
 サッカーでゴールでも決めたのか其処の二人。
 きっと得点は後半に二点だな…などと言う筆者のツッコミはおいてけぼりのまま、ゼットは鮮やかに走り出した。
 きっと貴方はセリヌンティウスを救えるわ…と心の中で思ったマリエルにも、ただ花々だけが首を傾げていた。


走れメロスって…知ってます?


 さて、荒野を一昼夜掛けて荒野を走り抜けたゼットは、セント・セントールに辿り着いた。息一つ乱れていないのは、さすが魔族と言っても過言では無い。
 人影の無い街の、中程にある隠し部屋へと近づいたゼットはうっと息を飲んだ。
 その扉の周りには、アウラ嬢のグラビア写真がところ狭しと張り付けてあったのだ。
「このアングル、表情、アウラちゃんの外見だけではなく、内面の溢れるばかりの可愛らしさを余すところ無く一瞬の空間に留めるこのテクニック。恐るべき相手だ。」
 写真の中で微笑む少女を見ながら、ゼットはうむうむと感心する。将来自分の写真集が発売され
る時には是非この写真家にお願いしたいなどど夢を抱く。 「しかし、こんなところに貼ってあっては勿体ない上に、扉を開けたら、アウラちゃんが真っ二つになってしまうではないか。仕方ない俺様が貰ってやろう。」
 ゼットはブツブツと言いながら、駅の広告泥棒もかくやといテクニックで一枚づつ綺麗にはがしていく。この男は大雑把だった出世計画にも係わらず、器用らしい。
 自分に向かって、極上の笑顔を見せるアウラに思わず鼻の下を伸ばしながら、作業に没頭していると、部屋の中から物音がした。 「?」
 一瞬頭の上に浮かんだ疑問符とともに、ゼットはいきなり飛び出してきた扉に吹き
飛ばされた。
「何ぃ!?」
 剣で扉を切り刻み難を逃れようとしたゼットだったが、扉にはアウラちゃんのポスター。彼が手を下せる訳もなく、扉の重み付きのアウラちゃん’sに押し倒された。
 スリッパに踏まれた虫さんのような哀れな状態のゼットに、無慈悲な一言が降ってくる。
「遅いっっっ!!!!!!いつまで待たせるのよ!!!あんた魔族でしょ!!!空間転移くらいしてみせなさいよ!!!!!。」
けたたましい罵詈雑言の持ち主は、言わずとしれたエマ博士。
その後ろには、完全に同情の眼差しになっているザック。腕にはお姫様だっこでアウラ嬢を抱えていた。彼女はザックの肩に頭を預けて眠っている。
「あんたがあんまり遅かったから、彼女は眠っちゃたわよ。!時間と愛は密接なつながりがあるのよ。覚えておきなさいね!」
 エマの高いヒールを帯びた片足は、ゼットの上に乗っている扉の上。もちろん両手は腰の横だ。ザックは後ろで溜息をついた。
「…いや、そのエマ博士?こいつが来ただけでも大したものだと俺は思うけど…?」
「ああん?」
 エマのなめつけるような視線に一瞬だじろぐものの、ザックも同じ男として譲れない事もある。
「だ、だってよ。どこからきたのかしれないけどよ。彼女の悲鳴で帰ってきたんだろ?ずげえじゃねえか。」
エマはフンと鼻を鳴らした。「彼は何者?」
「は?」
「彼はお茶の間アイドルを目指すヒーローでしょうが?ヒロインの悲鳴と供に、30分枠の間に帰って来て悪を倒すのが役目!それも変身シーンはたっぷり5分は使ってもらうわよ。おまけに折角彼女のポスターまで張り巡らせて罠まで仕掛けて盛り上げてあげようという親切心が労苦に終わったじゃないの。」
 言うまでもなく、ポスターを貼らされたのはザックである。
 変身とは何だ?それに、悪を倒すとはどいう事だ。…自らを悪と呼びやっつけてもらいたかったのか。
 ザックの溜息は海よりも深い。
「お前ら何好き勝手言ってやがる!!!」
 両手で大事そうに頭の上に扉を持ち上げながら、海老のように 勢い良く起きあがると、ゼットがエマに噛みついた。
「あら、丈夫。」
 エマは唇に手をあて妖艶に微笑んだ。そしておもむろに両手を 胸の前で組み。仰け反る。
「ふふふ………おもしろくなってきたわ。」
「ちがうだろうが!!」
 アウラ嬢を抱いたまま、ザックが唸る。
「俺達は調査の為にこいつの力を借りにきたんだじゃねえのか!!」
 流石のエマの前ではザックすらも常識人に見えてくるから不思議である。しかし、ゼットもお茶の間ヒーローを目指す男。
 リアクションも筋金入りだ。
 ザックを指さし(片手で扉は持ってます。)こう言い放つ。
「きさま、俺のアウラちゃんに何をした!!!」
「何もしてねえよ!人の話を聞け!!!!」
「ふふふ、彼女は我々が預かった。」
 含み笑いをしながら、ゼットとザックの間に割り込むとエマは、高々と手を挙げ指を鳴らした。
「返して欲しければ、我々のアジトにくるがいい。」
「何ぃ!?」
 ゼットは正統なリアクション。
「待て!アジトって何だ!!!」ザックの叫びは虚しく消えた。  ふふふふ…と渦巻く笑い声を上げながら威圧感を漂うエマの頭上に、爆音が響き、風が舞う。
 あの船体形状でどうやって空中静止ができるのか、(ロディの卓越した操縦技術と思われる)ガルウイングが一定の距離を空けてエマの上に浮かんでいた。するすると降りてきた縄ばしごにエマは手を伸ばし、片足を掛ける。
「早くこないと彼女にあ〜んな事やこ〜ンな事をしちゃうわよ〜。」
 片手を口元に当ててほほほと笑いハートマークを飛ばす。
「なななななななななななななななななななななぁにぃ!?」
 何を想像したのかゼットは真っ赤になって、片手で持っていた扉をおもいきりよく顔面に落とした。
「ほら、あんたの掴まるのよ!」
 そう即されたザックの顔も赤い。目ざとく見つけたエマがニヤリと笑った。「な〜にを考えてるのよス・ケ・ベ。」
「おおおおお、俺は何も考えちゃいねぇえ!!」
 ザックはそう怒鳴るとアウラをもう一度抱きかかえ直して、落とさないように両手で梯子を掴んだ。
「いいわよ〜!でも、はぐれるといけないからスピードは落としてね〜 vvv」
 エマの声と共にガルウイングはゆっくりと動き出す。それを合図に三人はコクピットの方に移動した。
「お疲れさま。」
 操縦桿を握ったまま、ロディが振り返る。
「あれ?アウラちゃんだけ?ゼットは?」
 ザックは、彼女が起きないように座席に座らせると、窓から下を指さした。そこには、律儀に扉を片手で抱えたまま、ガルウイングの後を追ってくるゼットの姿。ロディの目が点になった。
「ど…どう…?なってるの?」
 ザックは両手を竦めてみせた。
「ここら辺の砂漠にも、魔獣が増えてきてて、彼女は一人で危ないからゼットを誘うついでに保護して帰るんじゃなかったの?」
「そんなこた、あの博士に聞いてくれ。」
 うんざりだぜ。とばかりにザックはそっぽを向く。
 下では、まだ何かを叫びながら走り続けるゼット。エマは窓からにこにこと手を振っている。
 ロディはこそりとエマに話し掛けた。
「あの、エマ博士?ゼットを乗っけて帰ったほうが早いんだけど…。」
「それじゃつまんないじゃない。」
エマの言葉に、ロディはガクリと頭を垂れた。


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